歯科治療における自閉症患者さんへの視覚支援を用いた事例

 

福岡歯科大学成長発達歯学講座

障害者歯科学分野 加藤 喜久

 

はじめに

大人でも強い不安を感じる歯科治療において、コミュニケーションをとることが苦手な自閉症患者さんは、強い不安のために混乱し、時にはパニックになり、治療をすることが難しい場合もあります。

知的障害や自閉性障害のある方とのコミュニケーションでは、目で見て分かりやすい素材(文字、シンボル、イラスト、写真、実物)などを用いた視覚支援が理解しやすいのではないかと言われています。

この視覚支援を導入した自閉症患者さんの歯科治療を紹介します。

 

視覚支援について

視覚支援は、知的障害や自閉性障害のある方が不安や混乱なく予定通りに行動できるようにするために情報を提示する方法です。

ABA(応用行動分析;applied behavior analysis)、PECS(絵カード交換式コミュニケーションシステム;picture exchange communication system)、TEACCH(自閉性障害および関連するコミュニケーション障害の小児のための治療と教育;treatment and education of autistic and related communication-handicapped children)プログラムでは、言葉を補うコミュニケーション手段として応用されています。

視覚支援では、場所や空間の持つ意味、予定などを視覚的に分かりやすく工夫すること、構造化することが大切とされています。つまり、「周囲で何が起こっているのか、そして彼らの一人ひとりの能力に合わせて何をすればよいのかを分かりやすく提示する方法」です。構造化には次の3つがあります。

 

a 物理的構造化:生活や学習の場で、物の配置を工夫して場所や場面の意味を視覚的にわかりやすくする方法。(例 学習の場所では、いつも学習だけをし、遊びとは共用しない)

b スケジュールの構造化:予定されているスケジュールを図や表にして作成して示す方法。

c ワークシステム:作業の内容、量、時間と、それがいつ終わり、そのあと何をするのかを具体的に示す方法。

 

 

歯科治療における視覚支援の実際

まず、本人がどのような方法に慣れているのかを知ることが必要です。通っている学校や施設、養育者によって支援の方法は、違っていることが多いと思います。最も慣れている方法に応じて素材を準備し、興味を持ってくれるよう使い方を工夫します。患者さんによっては、お母さんが前日に来られて院内の様子(受付や廊下、エレベータなど)や道順、治療ユニット、主治医の写真を撮影し、スムーズに診療室まで来られるための手がかりにすることもあります。

診療室については、落ち着ける環境となるよう、個室の準備やカーテンで仕切りをするなどの工夫をしています。診療前や診療中に、治療や口腔清掃の手順を視覚的素材(ジグで示します。素材としては、「実物、写真、イラスト、文字」の順に抽象的になるため、患者さんが最も意味を理解しやすい物を選ぶ必要があります。写真では、景色や人物など目的以外の物が写り込んでいると混乱を招くおそれがあるため、余分な情報は排除する必要があります。

自閉症の方には、器具、絵カードや写真などを使用する順番に並べ、一つ終わるごとに取り除いていく方法がよく用いられます(スケジュールの構造化)。また、必要な場合には何をどれくらい行って終わったら何をするのか(ワークシステム)を示すようにします。

 

実例1(Kさん 15歳 男性)

自閉症の患者さんです。発語はありません。家庭では、お母さんが一日のスケジュールを文字で記入したメモ用紙を昔から使われているとのことでした。

お母さんとの話し合いで、具体物と文字を用いた視覚支援をしていくこととなりました。

実際に使う道具を順番に並べ、その文字と対をなすようにスケジュールを書いた紙を用います。Kさんは、一つ一つの項目をクリアする度に起き上がりうがいをし、道具を乗せたトレーをお母さんに隣の机に持って行くよう手渡しして、マジックで項目を消していきます。終了した項目の紙は、「終わり」と書いた箱の中に捨てていきます(写真1)。

彼の場合、この一項目がある程度長くなっても耐えられるようで、右下奥歯の虫歯の治療も過去にこの方法で行うことがでました。


写真1

 

 

実例2(Dさん 16歳 男性)

自閉症の患者さんです。コミュニケーションと言えるような会話はありません。

彼の場合ホワイトボードに貼り付けた器具の図と、数字の書いたマグネットを用いて行います(写真2)。数字のマグネットは回数を現し、1個あたりゆっくり5秒間だけその絵の器具を使うことを約束しています。


写真2      

 

また、器具を使う場所は顔を書いたカードで本人が確認しながら行っていきます(写真3)。


写真3         

 

幸い、彼にも大きな処置はないため、定期的な検診で機械を用いた歯磨きを行う際に視覚支援を行っています。このお二人は、視覚支援をうまく受け入れている実例だと思います。

しかし、実際にはこのような手法での診療をすべての方が受けているわけではありません。実例1のように、日常的にこの方法に慣れている方であれば難しくはありませんが、当科に来られて初めて視覚支援を経験する場合は、処置に入るまでに期間を要します。   

実例2の方は、ここまで至るのに月1度の来院で2年近くかかっています。このように期間や通院に付き添える時間に余裕がなければ困難な場合もあります。また、ひどい虫歯や親知らずの抜歯、神経を取るような処置や、さらに緊急性や痛みや腫れなど急性症状を伴う場合で早急に処置が必要な時は、薬物を使った行動調整(笑気ガスや鎮静剤の注射、全身麻酔)を行います。

 

おわりに

歯科疾患は、例え全身麻酔で一気に治療を終えたとしても、それで終わりではありません。治療した歯は、その後、しっかり毎日歯磨きしていかなければ必ず再治療が必要となってしまいます。私の個人的な意見としては、治療後の歯磨きの習慣付けやスキルアップ指導に応用できたら良いなと思い、視覚支援を用いています。

 

参考文献 

1)村上旬平、森崎市次郎

Special Needs Dentistry第1版.医歯薬出版.東京.p235-238.2009